例会報告
第89回「ノホホンの会」報告
 

 2019年5月27日(月)午後3時~午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:狸吉、致智望、恵比寿っさん、ジョンレノ・ホツマ、本屋学問)

 今回も山勘さんが急なことで欠席となりましたが、ジョンレノ・ホツマさんが2か月ぶりに出席でした。「…波動医学」が紹介されるなど健康や日本の医療問題、とくに西洋医学の限界を示す漢方に代表される東洋医学、瞑想、ヨガなどについて活発な議論が交わされました。メンバーのなかにも実践される方が多く、何となく試してみたい感があります。

 なお、山勘さんの書感「『憲法改正』の真実」、ネットエッセイ「良い子悪い子普通の子」は、6月例会で紹介をお願いします。


(今月の書感)

 「もっと言ってはいけない」(致智望)/「言葉の誕生を科学する」(狸吉)/「サイバーセキュリティ」(恵比寿っさん)/「世界に広がる「波動医学」─近未来医療の最前線」(ジョンレノ・ホツマ)/「『憲法改正』の真実」(山勘)/「国家の命運」(本屋学問)


(今月のネットエッセイ)

 「良い子悪い子普通の子」(山勘)

  (事務局)

 書 感
もっと言ってはいけない/橘 玲(新潮社 2019年1月 本体800円)

 本書の著者 橘 玲(アキラ)は、作家であり書籍「残酷すぎる真実」の上梓により、ベストセラーとなり2017年に新書大賞を受賞している。

 人間の体格、面相、体質等の遺伝は、良く知られている事で、普通に流布されている。反面、差別を意味するから言ってはいけないと言わる遺伝現象も沢山ある。この言ってはいけない事には、日本の文化の特殊事情によるもの等で、海外では普通に言われてものも沢山ある。何故に日本だけなのか、本書はその点に切り込み、日本社会の文化に切り込んでいる。この言ってはいけない文化の一つとして、教育無償化などの施策が述べられている。

 これが、弱者を傷つける結果を招く政策として、弊害が予測され、この点の生活文化に、切り込むことで、本書の論点としている。

 著者は、観念論として捉えられがちなテーマであり、エビデンスを付けることに努めているから、文章がくどくなり、理解し難い傾向を感じた。テーマが誤解を招く内容からと思うが、もう少し単調に、端的に語って貰いたかった。

 大雑把であるが、本書に述べられている一部の例として、印象に残るテーマを述べてみると、
日本のメディアでは、未だに言ってはいけないこととして、「統合失調症は、遺伝的影響を強く受ける」と言う事について、海外先進国間では普通に言われている事象であるのに対し、日本では遺伝の影響を一切認められない、極めて異常な状況である。
 日本社会では、口先では同情するものの、「子育てが悪い親」として、レッテルを張る傾向があり、確率の高い遺伝性の表現を避けている。

 一方、「知能における遺伝の影響は大きい」ことに付いて。これも事実であるが、決めつけて良いものでは無いと言う、IQの遺伝率は77%と言われており、統計的な事実で有る。親に似合わず東大卒とかと言う例は沢山あって、統計的には33%のはず、しかし、IQによって人の価値を決めつけてはいけない。ナチスのユダヤ人撲滅と言う事実もここから発したことである。

遺伝性について単純、軽率に言ってはいけない事としているが、その実態を検証してみると、幼児教育の研究者である、ヘックマンの論文によると、誕生から5歳までの教育投資の重要性を説き、認知スキルは11歳ごろまでに基盤が固まると言うもので、中等教育や高等教育に税を投入しても投入効果は無いと言う。ところが日本ではヘックマンの研究を水戸黄門の印籠のようにして「幼児教育全面無償化」が言われている。これは、意図的欺瞞であると言う、教育の専門家が、ヘックマンを知らないはずは無く、裕福な家庭は、子息の幼児教育の重要さは常識で、そこに全面無償化等は必要ないと言う。

 経済格差が生じ「貧しさのために教育機会を得られないのは正義に反する」と言う信念は疑わしい、一流大学を出る学生が裕福な家庭出身である事は欧米も日本も変わり無い。ならば生活保護費を増やせば良いか、経済学者のスーザン・メイヤーの検証結果によると、行政からの支援と、別れた夫からの養育費や母親の労働収入から得られたもの等との違いは、成績や学習態度でも明らかな結果が出ていると言う。やはり税金から受ける支援への蔑視が明確に表れていると言う。為政者による欺瞞ともいえる、教育費の全面無償化などは、やるべきでないと言うのが、本書の主張とみた。

 本書では、人種問題、宗教問題、果てはペット問題に至る差別に対する感情論が述べられている。また、貧富の差などは一つ間違えると社会に波紋を及ぼす状況などが記されていて、人間の営む社会と生活文化の違いに対処しなければならない、為政者の成すべき重要問題等に付いて、考えさせられる書でありました。

(致知望 2019年5月10日)
言葉の誕生を科学する/小川洋子・岡ノ谷一夫(河出文庫 2013年11月 本体640円)

 本書は数々の文学賞を受賞した作家の小川洋子と、東大大学院教授にして言語の研究者である岡ノ谷一夫との対談を通じ、言葉の起源と発達を解き明かしていく。

 本書の構成は、以下の通り対談の内容を3部に括り、導入部と結論ではさんでいる。

はじめに 言葉の秘密をさぐる遠い旅へ 小川洋子
      言葉の起源をもとめて 岡ノ谷一夫
第1部 言葉の誕生の秘密に迫る
第2部 言葉とコミュニケーションを考える
第3部 心の発生と言葉をめぐって
おわりに 人間が死ぬことは不条理だけれども 岡ノ谷一夫
鳥は自分たちの神を持っているか? 小川洋子

 まず「はじめに」で、小川氏は文鳥を飼った経験から、言葉は歌から始まったと考え、歌う鳥と人間は近い関係にあると想像する。岡ノ谷氏は言葉の起源は、オスの小鳥の求愛のさえずりにあると説く。九官鳥は人間の言葉を真似することもできる。

 第1部で二人は「言葉はいつどのようにして生まれたか」語り合い、「言葉の起源は歌である」という結論に達する。小鳥は繁殖のため歌を進化させるのだそうだ。

 第2部で岡ノ谷氏は鳥や動物は歌でコミュニケーションをとっている。これまで歌わないと思われた動物も、実は人間に聞こえない歌を歌っていることが分かってきた。

 第3部の対談は、言葉の問題から心や自己意識、そして神の問題に発展していく。岡ノ谷氏は、神の起源に関する二つの説を紹介する。それは「大ボス説:人間が心の安定のため、自分たちの上に君臨する大ボスとして発明したとする説」と、「死の回避説:言葉を得た人間が、この世での有限性を認識し、自分が死んだ後は神の世界に入り無限性に繋がる」という説である。

 「おわりに」で、岡ノ谷氏はこの対談が始まる前に、小川氏が自分の研究室を訪問した様子を語り、これからの研究に役立ついくつものコメントを得たと喜ぶ。小川氏は最初に言葉を喋った人間は、他の動物たちと違う能力に畏怖の念を抱いたろうと想像する。死や神の概念が生まれ、この世に生きた証として小説を書くようになる。最後に「人間に次ぐ言語能力を持つ鳥たちは自分たちの神を持っているのか?」と疑問を投げかけている。「おわりに」の後にも数ページの「あとがき」と「解説」があり、対談の内容を補完している。

 本書を読了して、二人の対談に同席しているような満足感があった。知的好奇心を満たす良書として推薦する。

(狸吉 2019年5月14日)
サイバーセキュリティ/谷脇康彦(岩波新書 2018年10月 本体760円)

 著者は総務省総合通信基盤局長。1984年、郵政省(現総務省)入省。内閣官房内閣審議官・内閣サーバーセキュリティセンター副センター長、総務省情報通信国際戦略局長、政策統括官(情報セキュリティ担当)などを経て2019年7月より現職。
慶応義塾大学大学院メディアデザイン学科特別招聘教授(非常勤)。
著書に『ミッシングリンク』、『世界一不思議な日本のケータイ』、『インターネットは誰のものか』、『融合するネットワーク』など。

はじめに
第1章   サイバー攻撃はどのような手法で行われるのか
第2章   狙われるIoT機器のセキュリティ
第3章   企業へのサイバー攻撃――その実態と対策
第4章   サイバーセキュリティを担う人々
第5章   日本におけるサイバーセキュリティの取り組み
第6章   サイバーセキュリティ外交
第7章   インターネットの光と影
おわりに  文献紹介   あとがき

 サイバー攻撃が深刻さを増している。手口が日々進化し、攻撃対象も拡大するなか、重要な情報を守るためにどのように対処すべきか。民間、国、国際間で現在、どのような取り組みが進められているか。政府のサイバーセキュリティの責任者を務めた著者が、脅威の現状と対策の全体像を分かりやすく解説する。――裏表紙より。

 本書は、著者も謳っているように、技術的な知識がなくても読めるように書かれていて、どこから読んでも分かりやすい。全くの知識のない読者向けに必要なところは最小限の分かりやすい解説があるので誰でも読める、専門的なことが易しく解説されているといえる本です。

 サイバーセキュリティ基本法が制定され、関連法整備が出来つつある2015年にはウイルスメールにより日本年金機構から125万件の個人情報が盗み出されたのは、基幹系システム(業務系)と情報系システムが完全に分離されているにもかかわらず、運用面で勝手に基幹系と連携させたり、そこに情報を残していたためだと言われている(ここでも厚労省系の役所のいい加減さが出ていますね)。
 この経験からサイバーセキュリティ戦略が閣議決定され①民間企業のセキュリティ投資促進②サイバー攻撃に対する防御能力の強化③国際連携の推進が図られている。

 サイバーセキュリティでは被害者が加害者になることがしばしばおこるので、企業(組織)は十分なセキュリティ対策を講じる必要がある。とはいえ、この世界は攻撃者が常に有利な立場にあるということから、リスクをゼロにすることは不可能と言える。被害に遭ったら、直ちに対応して説明責任を果たすことや報告する必要がある。対策は今まで費用と考えられてきたが、「投資」という概念でとらえる必要があると著者は言う。そして、どこまでやればよいのかという課題も常に残ってくるという。

(恵比寿っさん 2019年5月16日)
書感 世界に広がる「波動医学」─近未来医療の最前線/船瀬俊介(共栄書房 2019年3月 本体2160円)

 著者は、1950年福岡県生まれ。日本消費者連盟スタッフとして活動後独立。消費・環境問題を中心に活動を行っている。

 プロローグに、WHO(世界保健機関)は2018年初頭「漢方と東洋医学を正式に医学として認定する」と発表。西洋医学そのものに対する絶望、医療現場の底なしの不正などが要因とある。

 さらに、2017年秋、トランプ大統領は非常事態宣言を出した。アメリカではドラッグ中毒が蔓延し、1999~2017年までの死亡者は70万人以上、この年のオピオイド(鎮痛剤、依存症・麻薬作用あり)というドラッグから端を発した薬物過剰摂取で、7万人以上が死亡。これは交通事故の死者数を上回っている。

 そして、東洋医学の驚異的効能に目覚めたことによる。ペンタゴン(米国防総省)は、約320万人もの兵士・職員にヨガ呼吸法を導入、義務化している。従来の薬物療法は効果があるどころか、逆に精神錯乱など症状を悪化させていた。それが、ヨガの呼吸法と瞑想で驚くほどの改善がみられた。NASAも同様にヨガ呼吸法を、宇宙飛行士や職員の健康管理に採用している。

 さらに、その背景として、従来の薬物療法のペテンがばれてきている。
 認知症治療薬の実験に次々と失敗し、「認知症は薬で治せない」と世界的な巨大な製薬会社の撤退宣言が相次いでいる。

 抗ガン剤市場も撤退が相次いでいる。抗ガン剤(ケモセラピー)が超猛毒物であるという衝撃事実が、欧米では市民の知るところとなり、1990年代を境に欧米ではガン死亡率が軒並み減っている。これは、欧米では抗ガン剤の使用量が急減したからである。

 日本だけが例外で、日本ではガンの死亡率が急増しており、抗ガン剤の使用量は急増している。つまり、世界中で余った抗ガン剤が日本になだれ込んでいる。日本だけが国民皆保険に加えて高額医療費を、クニが税金で補填しているからと著者は指摘。

 欧米では、既にガン治療は自然療法にシフトしている。イギリスの抗ガン剤大手製薬会社シャイアーが2018年、武田薬品に7兆円で身売りした。将来売れなくなることを見越してのこと。原発ビジネスが終わったことを見越し、東芝に売り逃げしたウェスチングハウスと同じ。日本だけが取り残されている。

 さて、著者の言う、波動医学とは、現在行われている西洋医学とは違い、東洋古来の自然の原理によるもので、すべてのものが波動(振動)で成り立っている。 組織、器官、臓器は、各々固有振動数(ソルフェジオ周波数)で振動しており、生命活動はこれら波動現象(バイブレーション)の総体を意味している。

 個々の組織、器官、臓器が疲れたり、病んでいると、そこから発生する波動も本来の固有振動数からずれてしまう。病弊、疫病がひどいほどそのズレは大きい。よって、波動のズレを調整すれば病気を治療できる。

 病んだ臓器にその固有振動数を送り込むと、共鳴現象で臓器の乱れた波動は調律され、正常の固有振動に戻り、臓器は正常化する。このように、波動医学は、瞬時に診断、治療する。痛みも副作用もない。

 古来より、東洋では「命の波を正す」医療は広く行われてきた。
ヨガでは、呼吸、瞑想など、漢方では、鍼灸、指圧など、波動医学である。さらに、手当て(手かざし)、気功、読経なども波動医学そのものである。

 世界の医学界は、これらの波動医学を旧態の東洋医学あるいはある種の宗教の範疇の迷信と嘲笑した。非科学的と断罪し弾圧しさらには逮捕までした。罪名は詐欺罪である。

 しかし、科学の進歩、コンピューターとセンサーの進化で、生体内の超微細な波動変化を、瞬時に捕らえ計測することを可能にした。メタトロン、AWGなどに代表される波動測定機器は、波動迷信説を完全にくつがえした。ツボとか頚脈など従来の東洋医学の効用が解明できるようになった。

 いくつか、気についたものと目次の抜粋のみを取り上げてみました。
「音響免疫チェア」 脊髄から癒しの音、「羊水の響き」母体の羊水の響きを再現。安楽椅子の背中に7つのスピーカーを内蔵。経脈をつなぐ、経路、経穴、脊髄に背中から音響を響かせる。自分の体の中がコンサートホールになったかのようである。発明したのは、西堀貞夫氏(東大医学部からハーバード大学に留学、中国共産党や習近平婦人に強いパイプがある)で、共同開発組織に中国政府の主要機関が名を連ねている。製造しているのは中国人民解放軍。
空気を媒介して耳から聴く治療音楽とは異なり、脊髄に響くエンターテインメント療法。
中国が認知症治療に正式採用。

「心音治療」 子供の病気はお母さんの心臓の音で治る。
 薬を使用せず、痛くもなく、副作用もない。ただ、お母さんの心臓の音を電気信号に変えて、子どもの体に聞かせるだけで治療する、脅威の心音治療。メディアはこの真実を言えない。広告料の正体はスポンサーの製薬会社からの口止め料でもあるから、クスリを使わないこの治療法を取り上げることができない。黙殺されたまま現在に至っている。

 以下、目次の抜粋のみ列記しました。
〇「サウンド・ヒーリング」・「音響療法」のバイブル 自然音は生命を癒し、人工音は壊す。
〇「音叉療法」ツボ・チャクラ(氣エネルギーの通路)に響きを送る
〇「オルゴール療法」やさしい調べが脳幹を活性
〇「シンキング・ボウル」心が落ちつく病を癒す(チベット密教の法具)
〇「サヌカイト」天上の響き!魂が浄化される
〇ハンド・ヒーリング(手当療法)は日本生まれ
〇「LP音楽療法」で全身の皮ふが震える
〇光が癒す、色が癒す、「カラーセラピー」
〇「アロマテラピー」そうか!”香り”も波動だ
〇「祈り」「引き寄せ」「第六感」の不思議

 本書を読んで、記述されていることは事実であろうと認識しましたが、問題は、現状の医学に従事している医療関係の人、製薬会社などの企業の方から見ると、自分の立場を否定しなければならない。日本だけが取り残されていると著者は憂いているが、現在の日本では、受け入れるわけにいかない上からの力が働き、実現するまでには時間がかかると憂います。

 ホツマツタヱの存在を認めない日本書紀・古事記の流れをくむ歴史学者の立場と同じと思いました。

(ジョンレノ・ホツマ 2019年5月20日)
「憲法改正」の真実/樋口陽一小林 節(集英社新書 本体760円)

 著者の憲法学者・樋口陽一は、首尾一貫して現憲法擁護論である。日本は戦後、日本国憲法の下で「立憲・民主・平和」の3つの価値を追求してきた。その基本価値と憲法が、今、粗暴な「壊憲」攻撃を受けているとして、破壊された憲法を奪還して保守しなければならないと言う。本書の対話者である小林節との共通基盤は、立憲主義と人権尊重の憲法観だと言う。

 同じく憲法学者・小林節は、ひところは自民党寄りの憲法改正論者と目されていたが、小泉内閣のイラクやインド洋への自衛隊派遣に嫌気がさし、安倍内閣の安保関連法の強行採決を憲法違反と断じて決別した。小林は、自民党の憲法改正論議に参加し、そこは議員と政治学者と評論家だけの世界で、私たち憲法学者が共有している常識の通じない空間だったと言う。

 2人は、安倍首相を中心とする自民党改憲派を、戦前支配層の孫世代と世襲議員たち改憲マニアの集りだと断じ、彼らは、アメリカによる「押し付け憲法」を打破して、自前の憲法をつくろうとしているが、その自前の憲法が目指す日本は、古き良き美しい日本を建前にして、戦前の明治憲法の時代、旧体制への回帰を望んでいるとする。

 2人が最も危惧するのが、「立憲主義」の破壊である。立憲主義は、欧米に始まる近代憲法の基本思想である。憲法制定権を持つ者は主権者である国民であり、憲法で縛られるものは「権力」であるというもの。従って権力者に憲法順守義務があり、国民が縛られるものではない。ここに憲法と他の一般法との違いがある。
 いま、一般の日本国民には、安部自民党政権は憲法によって縛るべき権力だという明確な認識はない。むしろ安倍首相は、権力は我にありと自負しているように見える。その安倍政権によっておこなわれた憲法破壊の最たるものが、2015年における安全保障関連法案の強行採決である。

 そして、次の大問題がいよいよ本丸の憲法改正である。2人が問題視するのは、自民党による憲法改正草案において、「個人」という概念が消されていることだ。第13条の、「すべて国民は、個人として尊重される」という憲法の要が、「全て国民は、人として尊重される」と改変される。個性を持つ個々人ではなく、犬・猫・猿・豚などとは種類の違う「人」、一括りの「人」だ。その権利行使は「公共の福祉」に反しない限り、から「公益及び公の秩序」に反しない限り、へと政治的な制限に改変される。

 この「公益及び公の秩序」重視や、説明は省略するが内閣に大きな権限を与える「緊急事態条項」の新設などにみるように、改正草案では、権利には義務が伴うという理屈で国民への縛りが随所に出てくる。しかし本書は、健保における権利と義務は裏腹ではないと言い、国民には幸福を追求する「権利」があり、権力側には、それを保障して憲法を遵守する「義務」があると言う。

 要の9条改憲論議でおもしろいのは、アメリカにつくってもらった9条のおかげでアメリカの戦争に付き合わずに済んだという指摘である。アメリカが始めてまともに終わった戦争はないといい、ベトナム、アフガニスタン、イラクも結局動乱が拡大した。アメリカが勝った戦争はない。むやみに戦争をしたがるアメリカについていったら、新しい敵をつくるし、人も殺すし、テロによる報復の恐れも出るし、軍事費がかさんだ挙句、アメリカのように国家破産寸前の状態に追い込まれると言う。

 もう一つ本書の要点は、改正草案が、経済成長重視の「新自由主義」条項をふんだんに盛り込んでいるという指摘だ。まず草案前文に、「活力ある経済活動を通して国を成長させる」とある。草案本文でも、経済的領域における基本権を拡大している。経済成長を国是にした効率主義と競争の拡大は、「美しい日本の社会基盤」を壊すことになる。草案に謳う「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」は壊れてしまう。それを謳う自民党の憲法草案を、本書は、偽装の「復古」であり「いやし」だと指摘する。改憲賛成派も一読すべき一書だ。

                            (山勘 2019年5月24日)
国家の命運/藪中三十二(新潮新書 2010年10月 本体680円)
 著者は2010年まで外務省事務次官を務め、その間北米課長、アジア大洋州局長、経済・政治担当外務審議官などを歴任、日米構造協議や6か国協議日本代表として北朝鮮と核や拉致問題の直接交渉にあたった、北朝鮮の外交戦略を熟知する専門家でもある。

 入省の経緯もユニークで、大阪大学在学中に英語研究会の友人の勧めで軽い気持で専門職採用試験を受けたところ、合格してしまった。採用条件が限定されていたこともあり、大学3年で中途退学して上京する。その後、上司の勧めで受けたⅠ種試験、いわゆるキャリア試験にも合格して、最初の海外勤務地がソウル、しかも着任直後に起こったのが金大中事件というから、著者自身朝鮮半島には浅からぬ縁がある。

 全体は、「アメリカ離れ」のすすめ/日本的外交の限界/衰退する国家から転向を/外交交渉の要諦/北朝鮮はなぜ手ごわいか/海洋国家の矜持/アジアの中の日本/先進国首脳会議の裏側の8章で構成され、日本の外交政策や立場、外交上の問題点を提示する内容が多いが、とくに著者と関係が深い北朝鮮との交渉問題から紹介してみよう。

 本書が書かれたのは2010年で、中国の存在感が増している現在と国際情勢は違うが、先の米朝首脳会談決裂後のミサイル発射など、北朝鮮の基本姿勢は当時とあまり変わらない。著者は北朝鮮を「引きこもり国家」と表現するが、常に過大な要求を掲げて相手のことなどお構いなしに交渉を始める。国全体が異常で国内に政府を批判するマスコミなどないから、いつもトップと側近だけのペースで交渉を進め、話し合いに調整など考えない。ひたすら相手が譲歩するのを待つのである。

 一方で著者は、北朝鮮の交渉術は巧みだが必要があれば必ず協議の場に戻るという。北朝鮮が軽水炉とエネルギー支援を得た1994年がそれで、朝鮮半島の分断状態は中国の国益であり、もし北が崩壊すれば大量の難民が中国に流れ込む。そして、アメリカの影響力が中国国境まで押し寄せる。それをよく知る北朝鮮は、中国の弱みを知ったうえでそれをうまく利用しているというのである。

 本書はその一例を紹介している。2004年の6か国協議で、最終日に北朝鮮が形式的な文言の修正を主張してどうしても譲らない。困惑した議長国の中国は日本始め各国に根回しをはかるが、アメリカは激怒して代表団が帰国してしまう。著者は、中国が北朝鮮を説得できない現実を目のあたりにして、この厄介な国を相手にするには、彼らの特殊な環境や考えを念頭に置き、焦りは禁物で過剰反応しないこと。さらに、彼らは建前重視だが自分たちが困ったときは豹変して大きく譲歩することもある。とくに対北朝鮮交渉では、それを見極める特殊な能力が必要だと強調する。

 もし、アメリカと中国の関係が将来的に緊密になれば、韓国の存在を含めて朝鮮半島の地政学は大きく変わり、北も今のような態度を取り続けられなくなる。しかし、それまでは経済制裁による兵糧攻めは現実的、効果的かもしれない。北朝鮮崩壊後の難民問題は、おそらく韓国がすべて解決せざるを得なくなる。

 著者は1991年に書いた「対米経済交渉─摩擦の実像」のなかで、日本は世界最強の政治、経済、軍事国家であるアメリカに唯々諾々と従うのでなく、日本独自の考えかた、姿勢を持つことだと書いたが、20年経った今も少しも変わっていないと嘆いている。

 著者は、日米構造協議でもアメリカとのタフな交渉を経験した。1980年代、日本の経済成長はアメリカの脅威に映り、現在の米中関係と同じように激しい経済摩擦が起こった。対日赤字貿易が膨らむとアメリカは、日本社会の特殊性や市場の閉鎖性などさまざまな要因を指摘した。しかし、日本の貯蓄過多や社会資本不足問題、農地利用の積極化などの土地問題、流通や大規模小売店規制問題、価格メカニズム、企業間取引の排他性など、アメリカが指摘するテーマはいずれも日本の社会構造に深く根差したもので、なぜアメリカとの貿易交渉に関係あるのか著者も憤慨したという。

 これに対して日本は、外務省始め当時の通商産業省、大蔵省などが結束して、アメリカの貯蓄不足や財政赤字の是正、研究開発などアメリカ企業の競争努力不足、長期的企業活動の推進、輸出努力と「バイ・アメリカン」廃止など、アメリカ側の努力不足について反論した。独自の外交政策を持たない日本の政治家たちに翻弄されがちに思える外務省にも、本書を読む限り著者のような気骨のある有能な外交官も数多くいて、まさに国益を懸けて丁々発止の交渉をしていたことを知る。

 もっとも、こうした重要な問題は本来なら外交に長けた政治家が先頭に立ってやるべきものだが、トランプ政権の脅しに負けてアメリカ製兵器を爆買いした安倍政権の無様さを見ていると、著者が指摘するように30年前と少しも変わっていないのかもしれない。

 著者は、自分の知る限りこれほどまで世界が自国をどう見ているかを気にする国民は他にはないという。毎年アメリカ大統領が年頭に発表する一般教書演説でも、日本について言及した部分があるかどうかが日本メディアの最大の関心事で、このような過剰反応はもう止めるべきと指摘する。とくにアメリカが相手の場合、日本は受け身になりがちだが、主張すべきはして適度な攻撃と説得させる論理を備えるべきという。

 1980年代、アメリカの低迷した経済を救ったのは、シリコンバレーに代表される海外からの優秀な人材の受入れだった。さらに、頭脳労働者の導入と並行してベビーシッターや農作業労働者として多くの外国人を受け入れることで経済競争力を回復した。

 そこで、高齢化や人口減、少子化によって、経済の機能不全に陥りつつある日本も、アメリカに倣ってある程度の外国人労働者の受入れを考える必要があるのではないかと著者は提言する。外国人労働者受入れは、確かに大きな社会問題を引き起こす危惧もあるが、法整備をきちんとして再び元気な日本を取り戻すために一考すべきプランではないか。

 毎年開かれる「先進国首脳会議」(サミット)で、「シェルパ」と呼ばれる人たちがいる。元来はヒマラヤ登山の道案内人を指すが、ここでは首脳の考えを代弁する個人代表のことで、各国のシェルパたちは首脳会議前に何回も会合を持ち、主要議題の設定や議論、成果まで入念な準備をする。
著者も2005年、2006年とシェルパを務め、各国の利害関係を率直に反映した厳しい議論を展開したそうだが、一方で夜はワインを飲みながら大いに友好を深め合い、次第に仲間意識を持つようになった。各国首脳の背後にはこうした優秀な外交官が必要で、つまりは国どうしが相互に理解し合うことが平和外交には不可欠だと主張する。

 最近、北方領土問題で国際問題に発展しかねない、とんでもない発言をした国辱議員がいたが、彼こそ正真正銘、筋金入りの“税金泥棒”である。かつて彼を擁立した政党はもちろん地元選挙民も、あんな愚かな人間を選んでしまったことを大いに恥じ、彼が辞職するその日まで「税金泥棒」と連呼すべきである。

(本屋学問 2019年5月26日)
 エッセイ 
良い子 悪い子 普通の子

 むかし“欽ちゃん”が言ったか、「良い子 悪い子 普通の子」という言葉が流行ったことがある。良い子を育てる道徳教育がいよいよ本格化する。すでに小学校では昨年から道徳が正式教化になっているが、今春からは中学校でも検定教科書を使うことになった。教員も文科省の学習指導要領に準拠して生徒を“善導”し、“デキ”を評価し、良い子 悪い子 普通の子を判定しなければならない。さぞかし頭の痛いことであろう。

 そもそも道徳とは何であろう。簡単にいえば人が守るべき基本的な習慣・ルールとでも言えようか。難しくなるが、広辞苑によると、道徳とは『「人のふみ行うべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間の在るべき態度もこれに含まれる。夏目漱石、断片「道徳は習慣だ。強者の都合よきものが道徳の形にあらはれる」ということになる。「強者の都合よきもの―」とは、公正を保つべき権威ある広辞苑としては、漱石を引き合いに出して一歩踏み込んだ“偏見”とも取れるが、マア当たっていないこともない。

 文科省による教科書検定と学習指導要領は、「善悪の判断、自律、自由と責任」「節度、節制」「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」など、20数項目の“徳目”について、すべて教科書に盛り込まなければならないという。おもしろい話が朝日新聞(3・27)にある。日本文教出版の1年教科書は、図書全体が「家族愛・家族生活の充実」の扱いが不適切だとの検定意見がついたという。具体例で、教材の話「おかあさんのつくったぼうし」では、物語の最後につけた子供たちへの発問で、「かぞくについておもっていること」という表現が問題になり、「だいすきなかぞくのためにがんばっていること」と修正し、検定をパスしたという。もう一つ、同社の3年教教科書では、「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」の扱いが不適切とされた。文科省は「一体として満たされていなかった」としながらも、不足部分を明らかに示していなかったので、同社は、「郷土を自慢する」という要素が足りなかったと推測し、「あなたの地いきには、昔からつたわるじまんしたいものがあるかな」などの記述を増やしたという。

 道徳教育の是非については、新聞各紙の“色分け”も例によって鮮明だ。画一化された道徳教科書を強く批判するのが朝日・毎日・東京新聞などである。いわく、道徳の押し付け、価値観の画一化、思想・信条の統制などへの批判だ。一方、読売・産経新聞などは道徳教育の必要性、規範意識や公共心を育む教育、教科書の有効活用を擁護する。しかし朝日・毎日・東京新聞も、ようやく本格化する道徳教育に対しては、批判や注文は付けているものの真っ向から反対しているわけではない。戦前の軍国主義に突進した「修身」などによる思想統制の悪夢が尾を引いている。だが、道徳は思想レベルの話ではない。

 江戸時代の子供の養育方針に「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)」があったという。理屈をこねる15歳の前に、3歳心、6歳躾の習得が欠けているところに深刻な問題がある。イジメや犯罪を犯す悪い子は論外だが、良い子悪い子普通の子がいて健全な子供社会ではないか。道徳教育の契機ともなったイジメの横行や世の中の乱れの根底に道徳観の喪失があることだけは確かであろう。「三つ心、六つ躾」を疎かにしておいて、小学生どころか中学生にまで“道徳”を教えなければならないところに、病んだ社会の深刻さがある。

(山勘 2019年5月24日)