例会報告
第84回「ノホホンの会」報告
 

 2018年12月21日(金)午後3時~午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:狸吉、致智望、山勘、恵比寿っさん、ジョンレノ・ホツマ、本屋学問)

 全員参加の会が続いて喜ばしいことです。今回も書感、ネットエッセイともにバラエティに富み、日本が壊れていく様を描いたもの、樹木の信じがたい生態、討入り事件の意外な話…、充実した内容でした。また、当会の存在を外部に発信していく方法についても具体的な意見が出されました。それも含め、来年もいっそうの活発な投稿と議論を期待しています。


(今月の書感)

 「日銀破綻 持つべきはドルと仮想通貨」(致智望)/「討入り四十九士」(本屋学問)/「日本が売られる」(山勘)/「樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声」(ジョンレノ・ホツマ)/「江戸東京の明治維新」(狸吉)


(今月のネットエッセイ)

 「股旅演歌」(本屋学問)/「危険な賭け 水道事業の民営化」(山勘)/「漂流するアベノミクス」(山勘)/「アンネ・フランクのバラ」(恵比寿っさん)
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  (事務局)

 書 感
日銀破綻 持つべきはドルと仮想通貨/藤巻健史(幻冬舎 本体1,200円)

 著者の藤巻健史は、一橋大学商学部を卒業後三井信託銀行に入行し、行費留学してノースウエスタン大学にてMBAを取得。その後、米モルガンスタンレイ銀行に移籍し、初の日本人支店長に抜擢される。2000年に同行退行後、ジョージ・ソロス氏のアドバイザーを務め、一橋大学、早稲田大学などの非常勤講師などを務め、現在は日本維新の会に所属し、参議院議員を務めている。

 著者の現役時代は、世界の中でも先端金融機関に属する米国モルガンスタンレイにて、金融デーラー活動を行っていた。ここで得られた見識から、日本経済の実態、特に安倍政権と日銀のなれ合い(著者の弁)に矛盾を感じ強く批判している。本書は、今の日本金融政策の矛盾を著者の見識をもって解説し、実例を挙げて強く否定している。たとえば、日本は海外に資産を沢山持っているから破綻しないと言う「嘘」がまかり通ることへの反論は参考になる。

 資産の無い国では、確かに国は破綻することになるであろう。しかし、資産国を自認する日本は、ハイパー・インフレと言う手段で国民の富を奪うことになる。これを想定しつつ、日本政府のやり方、方針は国民にその付けを回すと言う結果に至るのである。しかし、その悲惨な状況を誰も想定していないと言う。

 著者は、このような実例を挙げて政府の言っている事例を一つずつ否定する方向で論じている。国民に痛みを感じさせずに甘いことばかり言って、最後にとんでもない痛みを押し付けるとしている。国家主義を考えるとこうなるのか。 

 さて、本書内の具体例に少し触れてみる。異次元緩和の本当の副作用は出口が無いこと。一般論として、財政赤字が溜まると長期金利が上昇し、財政赤字への警告が発せられ、累積赤字が止まるのだが、日本ではその機能を封印している。たとえば、イタリアはGDPの2.4%を限度に財政赤字を設定した、たちまち国債価格が急落し、それによって財政赤字の拡大に歯止めがかかり、イタリアは健全だなーと思ったと言う。

 要は、ポピュリズムであり、口当たりの良い人気取りのバラマキは政治家の性だけれど、外国の政治家はもっとしっかりしていると言う。日本のような巨額借金を抱えない、著者は警鐘を鳴らし続けているが何も変わらない、いやなことは全部先延ばし、議論をしようともしない政治家が多い。自分のときはやりたくない、後の人にやってもらう。これ、まさしくモラルハザードと言うものだ。

 本書には、著者の国会質問なども質疑応答形式で記載されていて、応答は「ソツ」のない、政府官僚の作文を読むだけ。昔の政治家には立派な人がいたと著者は言う。大平さん、中曽根さん、竹下さん、野田総理でさえこの点はしっかりしていたと言う。

 「日本の財政は問題が無い」と言う識者の嘘を逐一暴いていく著者の論拠を痛快に思うのであるが、読み込むうちに希望が失せていく。82歳の私としては、「最短でもあと10年はハイパー・インフレなどの政策に至ってほしくない、その先は心配しても仕方なかろう」との思いに至るのである。

 ハイパー・インフレへの対応策として、財産保全策が必要となるが、本件に対する著者の提案は外貨とビットコインへのシフトを進めている。これに関しては、即座に納得しがたいので、本書感では割愛することにする。

 以下は、書感文作成者の致知望の読後感である。

 市中にホームレスが居たのはそれ程古い話ではない、今ホームレスは珍しい。ホームレスが良いとは言わないが、彼らは好んでやっていた節もある、何故ホームレスが生まれるか、その原点を追求せずに予算の垂れ流しは「頭隠して、尻隠さず」、「臭いものに蓋をして知らん顔」、よって自閉症と称する若者が増え、将来は生活保護が有るから心配ないと言う、これが一部の若者の流行り言葉と言うから恐ろしい。

 もう一つ、以前は「あんま」と言う職業が有り、健常者はこの職業を遠慮し、目の不自由な身障者に譲れと言われていた。今は如何であろう身障者は、生活保護を受け働く必要は無くなったのである。この施策、バラマキ以外の何ものでもない。


(致知望 2018年12月6日)

日本が売られる/堤未果(幻冬舎 本体860円)

 著者は、多くの著作を持つ国際ジャーナリスト。本書のオビに、「日本で今、起きている とんでもないこと」、「米国、中国、EUのハゲタカどもが日本を買い漁っている!」、「日本は出血大セール中」などの惹句が躍る。

 カバー裏には、こうある。水と安全はタダ同然、医療と介護は世界トップ。そんな日本に今、とんでもない魔の手が伸びていることを知っているだろうか? 法律が次々と変えられ、米国や中国、EUなどのハゲタカどもが、我々の資産を買い漁っている。水や米、海や森や農地、国民皆保険に公教育に食の安全に個人情報など、日本が誇る貴重な資産に名札がつけられ、叩き売りされているのだ。

 本文は3章からなり、「第1章 日本人の資産が売られる」では、売られる資産として、水、土、タネ、ミツバチの命、食の選択肢、牛乳、農地、森、海、築地、の10項目が並ぶ。「大2章 日本人の未来が売られる」では、労働者、日本人の仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報、の8項目が並ぶ。「第3章 売られたものは取り返せ」では、「取り返し対策」のための、政治革命のイタリア、消費税廃止のマレーシア、有機農業大国化のロシア、水道公営化のフランス、消費者と協同組合タッグのスイス、子どもを農薬から守るアメリカ、の6カ国の取り組みを紹介する。

 第1章の「水が売られる」では、4000億ドルの水ビジネスは、21世紀の超優良投資商品であるとしながらも、水道民営化を進めた国や都市で、水質悪化や価格高騰で再公営化に向かう例が増える中で、日本が民営化をスタートさせることに警鐘を鳴らす。

 「タネが売られる」では、遺伝子組み換え作物という新しい武器を使って、農業で他国を侵略するのがアメリカの戦略だとする。その戦略の下に、国外の市場を、農地を手に入れ、遺伝子組み換え種子を植えさせる。種子の特許を持つモンサント社やデュポン社などの種子や農薬の購入や特許使用料を支払うことになる。その国々は、自国の種子や農業を保護する法制度などを撤廃させられ、バイオ組み換え種子を買わされて多くの国々の農業が侵略されつつある。

 こうしていろいろな「日本」が売られ、将来的にはさらに、IR法で「ギャンブル(市場)」が売られ、公設民営学校の解禁で「学校」が売られ、国保がなし崩しに消滅して「医療」が売られ、介護が投資商品になって「老後」が売られ、マイナンバー制度に絡んで「個人情報」などが売られることになると本書は警告する。

 本書はまさに、国際問題で多くの著作を持つ国際ジャーナリストが、日本のマスコミが報道しない外資による日本買いの実体について、緻密な現場取材と膨大な資料でシリアスに暴き出し、対抗戦略を考える視点を提示する一書といえる。

(山勘 2018年12月14日

討入り四十九士 赤穂浪士を助けた二人の剣豪 雲村俊慥著(イースト・プレス 2013年11月27日 本体1,500円)

 毎年この時期になると必ず話題になるのが「忠臣蔵」である。事実がだいぶ脚色されたとはいえ、300年以上も前の討入り話が今なお現代人の心を打つのは、主君の無念を晴らすために苦難に耐えて忠義を貫き、見事に本懐を遂げて潔く散るという、これ以上ない日本人好みのドラマ仕立てになっているからかもしれない。

 本書は、タイトルが示すように47人とされる赤穂浪士の他に2人の助っ人がいたという新説を基に史伝小説としたものである。大手出版社で雑誌や書籍の編集に携わり、その後作家として文筆活動や「江戸を歩く会」会長をした著者が、郷里の新潟県五泉市にあった旧村松藩に残る複数の文書を調べ、実は村松藩の剣客2名が討入り当夜、赤穂浪士と行動を共にしたのではないかという仮説を立てている。

 それらの文献は、幕末の村松藩士、奥畑義平が口伝による村松藩史を書き留めた正史覚書ともいえる『松城志(しょうじょうし)』、やはり幕末藩士、吉川武戌(たけもり)の自叙伝『雲煙録(うんえんろく)』、村松藩領だった守門村の百姓一揆などを中心に村松藩の歴史をまとめた『守門颪(すもんおろし)』で、いずれも伝聞ではあるが村松藩士2名が吉良邸襲撃に加わったことに言及している。

 本書はその2人、野口正国、鳥羽逸平と、剣豪で知られ赤穂浪士中最も有名な中山安兵衛、後の堀部安兵衛を中心に話が進む。安兵衛は偶然にも村松藩の隣の新発田藩士だったが、事情があって脱藩し、当時は江戸で有名な直心影流堀内源左衛門道場の師範代として糊口を凌いでいた。

 野口と鳥羽は幼い頃から共に剣の腕が立ち、10代半ばで江戸詰めになると、さらに剣法を極めるために堀内道場に入門、そこで初めて安兵衛の心技体を目の当たりにする。若い彼らはすっかり安兵衛に傾倒し心酔してしまうが、10歳ほど年長の安兵衛も両名に目をかけ、何かと面倒を見た。

 道場には、安兵衛と共に四天王の1人で討入りにも参加する赤穂藩の使い手、奥田孫太夫もいたというから、2人と赤穂浪士との関係は想像以上に深かったようだ。安兵衛らの真の目的を知り、次々と同志が去っていく状況を見て、野口や鳥羽が積極的に助太刀を申し出ても不思議はない。あるいは2人以外にも加勢を希望した者がいたかもしれない。

 安兵衛は、堀部家の養子になる前に実は妻と娘までいたが、あの高田馬場決闘での活躍の一件を耳にした赤穂浅野家の重臣、堀部弥兵衛のたっての願いで婿入りすることになり、念願の仕官の道も開けることになった。

 事情を知った安兵衛の前妻は幼い娘を連れて自ら身を引いたというが、相思相愛だったという2人の心中を察して余りあるものがある。安兵衛は討入り前、大石内蔵助や他の同志と同じように、後に身内に影響が及ばないよう新しい妻とも離縁するが、安兵衛の最初の娘は長じて尼僧になり、90歳まで生きて同じ泉岳寺に葬られている。これも因縁だろうか。

 赤穂浪士討入りには手本があったといわれるが、それが本書も触れているその30年前に起こった「浄瑠璃坂の仇討ち」である。宇都宮藩主の葬儀を巡って重臣たちの間で刃傷沙汰があり、?喧嘩両成敗”が原則の武家社会で浅野長矩の場合と同じように一方だけが処断された。

 それを恨んで一方は雌伏数年後、江戸・浄瑠璃坂(現在の東京・市ヶ谷)で仇討ちに成功する。そのとき彼らは、襲撃時間を夜明け前に選び、集団行動で怪しまれないよう火消装束と鎖帷子を着用した。そして、婦女子はもちろん、無抵抗の者には危害を加えない、首尾を果たした後は自首することを決めたとされるが、赤穂浪士もそれに倣った。ただ、野口と鳥羽は討入り後密かに村松藩邸に戻ったという。

 本書によれば、幕府による討入り関係者の処置は厳しく、弟子に浪士を抱えていた堀内源左衛門は、物心両面で彼らを支援したこともあって江戸放逐となり、それに同情した鳥羽と共に村松領内で安寧な余生を送った。野口も江戸藩邸での生活に嫌気が差し、村松藩の知行地だった越後の守門村に移って狩猟生活をしたり、野口家の菩提寺である長禅寺で寺子屋を開いた。『大漢和辞典』の編纂で知られる諸橋徹次(もろはしてつじ)は当地の出身で先の奥畑義平の弟子であり、漢学の源流は野口に行き着くかもしれないと著者は書いている。

 さらに幕末の『村松藩人名辞典』を開くと、野口、鳥羽の子孫がそれぞれ藩の要職に名を連ねていて、時代を経て村松藩の混乱期にも両家が藩政を支えていたと著者は述懐しているが、同郷の誇りとして感慨深いものがあるのかもしれない。
余談だが、現在の東京・上野の末広町あたりにあった村松藩上屋敷の前は湯屋が軒を並べる風俗街で、藩主の堀丹後守の名を取って巷間「丹前風呂」と呼ばれ、湯女のファッションを真似た派手な衣装が流行した。綿入りの広袖羽織「丹前」の名の由来はここにあると本書も紹介している。

 赤穂浪士の討入りに助太刀がいたという意外性はもちろん、本書を読んで初めて知るエピソードも多く、時節柄改めて江戸城松の廊下での刃傷と、その後の討入り事件を考える良い機会になった。 

(本屋学問 2018年12月14日)

樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声/ペーター・ヴォール・レーベン著・長谷川圭訳(早川書房2017年5月発行)

 前回、「樹と人に無駄な年輪はなかった」の書感に続いて、自然の中の樹木について、ドイツで70万部のベストセラーになった本書の存在を知り取り上げさせていただきました。

 著者は1946年、ドイツのボンの生まれ、大学で林業を専攻し、卒業後20年以上営林署で働いたのち、フリーランスで森林の管理を始めた。樹木の驚くべき生態を綴っている。
 表紙の裏には、樹木たちは子供を教育し、コミュニケーションを取り合い、ときに助け合う。その一方で熾烈な縄張り争いをも繰り広げる。学習をし、音に反応し、数を数える。動かないように思えるが、長い時間をかけて移動さえするー樹木への愛に満ちた名著。とあります。

 本書にでてくる「ブナ」・「ナラ」・「モミ」・「トウヒ」などについて、それぞれの木の違いなどの概略を理解していない私のような者にとっては著者の思いを読み取るのが難しいと当初思いました。
 樹木の立場に立って詳細に捉えているので、その場その場の樹木の置かれたイメージが想像出来なかったこともありましたが、それ以上に素晴らしかったのは、樹木の行動を人間の立場であったらどうかと置き換えてみていることです。身近に感じられました。

 ふだんからこれらの樹木を毎日目にされて生活している人にとっては親しみをもって容易に理解、感動されることと思いました。
 私も「ブナ」については、白神山地の原生林が、ツキノワグマ・ニホンカモシカなどの大型ほ乳類や84種の鳥が棲息しており、豊かな生態系を保っていることを思い起こして、著者の説明内容が実感できるようになりました。

 あまりにも観察事例が多く、ここでは「まえがき」に続いての「友情」と「木の言葉」という「タイトルの二つからを取り上げることにしました。

「友情」
 樹木と限らず、植物は自分の根と他の植物の根、同じ種類であっても、しっかりとほかの根を区別している。樹木は自分と同じ種類だけでなく、ときにはライバルにも栄養を分け合う。

 人間社会と同じく協力することで生きやすくなることにある。木が一本しかなければ、森はできない。森がなければ風や天候から自分を守ることもできない。バランスのとれた環境もつくれない。
 逆に、たくさんの木が手を組んで生態系をつくりだせば、暑さや寒さに抵抗しやすくなり、たくさんの水を蓄え、空気を適度に湿らせることができる。木にとっては、とても棲みやすい環境ができ、長年成長を続けられるようになる。だからこそ、コミュニケーションを死守しなければならない。一本一本が自分のことばかり考えていたら、多くの木が大木になる前に朽ちていく。

 森林社会にとっては、どの木も例外なく貴重な存在だ。死んでもらっては困る。だから、病気で弱っている仲間に栄養を分け、その回復をサポートする。著者はお互いに助け合うゾウの群れを思い出すとあります。

 森に入って、葉の茂る天井(林冠)を見上げれば、木は隣にある同じ高さの木の枝先に触れるまでの範囲内で自分の枝を広げない。隣の木の空気や光の領域を侵さないため。

 一見、林冠では取っ組み合いが行われているように見えるが、それはたくさんの枝が力強く伸びているだけ。仲のいい木は友達の方向に必要以上太い枝を伸ばさない。根がつながり合った仲良し同士は同時に死んでしまうほど親密な関係になることもある。

天然の自然林と植林した林の樹木は別の性格である。

 植林された樹木は「ストリートチルドレン」とも言われ、植林の時に根っこが傷つけられてしまうので、仲間とのネットワークが広げられない。たいていは一匹狼として成長し、つらい一生を過ごす。とはいえ、そうした植林地の樹木は(種類によって差はあるが)100年ほどで伐採されるので、どのみち老木にまで育つことはない。

「木の言葉」

 木も自分を表現する手段を持っている。それは、芳香物、つまり香だ。

 アフリカサバンナでの観察を事例にしている。キリンはサバンナアカシアの葉を食べるが、アカシアにとっては迷惑。アカシアはキリンが来ると数分以内に葉の中に有毒物質を集める。毒に気づいたキリンは別の木へ移動する。しかし、隣の木に行くのではなく遠くの木へ移動する。最初に葉を食べられたアカシアが災害が近づいていることを周りの仲間に知らせるために警報ガス(エチレン)を発散するのだ。警告された木はいざという時のために有毒物質を準備し始める。キリンはそのことを知っているので、警告の届かない場所にある木のところまで歩く。あるいは風に逆らって移動する。香りのメッセージは空気に運ばれて隣の木に伝わるので、風上に向かえば警報に気づかかった木が見つかるからである。

 同じようなことがどの森でも行われている。ブナもトウヒもナラも、自分がかじられる痛みを感じる。毛虫が葉をかじると、その噛まれた部分のまわりの組織が変化する。人体と同じように電気信号を走らせることもできる。人間の電気信号は1000分の1秒ほどで全身に広がるが、樹木のその速さはとてもゆっくりで1分で1センチ、葉の中に防衛物質を集めるまで更に1時間ほどかかる。

 樹木はどんな害虫が自分を脅かしているのかも判断できる。害虫は種類によって唾液の成分が違うので分類できる。その害虫の天敵が好きなにおいを発散する。すると天敵がやってきて害虫を始末してくれる。たとえば、ニレやマツは小さなハチに頼ることが多いようだ。木々のところにやってきたハチは、葉を食べている毛虫のなかに卵を産む。すると、卵から生まれたハチの幼虫が自分より大きなチョウや蛾の幼虫を内側から食べつくしてくれる。残酷な話だが、ハチのおかげで木にとっては害虫がいなくなり、最小の被害で成長を続くられる。

 木も痛みを感じるし、記憶もある。木も親と子が一緒に生活している感覚をもっている。

 著者は樹木の時間軸と立場を人間や動物の時間軸や立場に置き換えて観察されたからこそ、樹木の生活という表現ができたと分かりました。

(ジョンレノ・ホツマ 2018年12月15日)

江戸東京の明治維新/横山百合子(岩波新書 2018年8月 本体780円)

 明治維新というと「徳川幕府が大政奉還をし、天皇の下に明治新政府が発足した」と、簡単に体制転換ができたように思いがちだが、実際は大変な混乱が生じていた。まかり間違えば維新が失敗に終わったかも知れぬほどの激動の時代であった。

 例えば第1章「江戸から東京へ」では、町人の日記に「昨夜、播磨屋新蔵方へ強盗乱入いたし…」など、幕末の物騒な世相を記している。頻発した強盗は「御用盗み」と称し、薩摩藩による市中霍乱策であると共に、倒幕資金集めの手段でもあった。また当時の切絵図を調べ、幕府滅亡後、大名・旗本・御家人が離散し、その後に官軍の諸藩が移り住んだ様子を描写している。

 第2章「東京の旧幕臣たち」では、秩序の回復と維持が容易ではなかったこと、士農工商と言う身分制による統治ができなくなったことに触れている。新政府に就職できなかった侍は浪士として市中を荒らし、政府は取り締まりに手を焼いた。また東京の旧幕臣の凋落ぶりはひどく、武家の娘が娼妓として身売りする家もあった。本書はこの章に最多の40ページを割いている。力を込めて書いたのであろう。

 第3章「町中に生きる」は、幕府と共に崩壊した行政組織の立直しに苦心する様子を描いている。江戸時代に市中の行政を担った家主や家守は消滅した。これらを地面差配人と呼び変え限定的な権限を与えたが。新たに「床店」という幕府公有地での、土地占有権を明確化する問題が生じた。最終的にはなし崩し的に私有化されるが、その過程は今後の研究に待たれる由。

 第4章「遊郭の明治維新」は、江戸時代に繁栄した新吉原など遊郭の物語である。明治政府が発令した芸娼妓解放令は遊郭に大打撃を与えた。しかしながら娼妓たちは前借金返済は免除されず、結局抱え主の下で働き続けることになった。ある記録によれば「遊女かしく」は結婚による遊郭脱出を図るが、前借金があるため失敗に終わる。

 第5章「屠場をめぐる人びと」は、江戸時代「穢多」と呼ばれ、平民の下に置かれた賎民の歴史である。明治4年「穢多非人等の称廃せられ候条、自今、身分・職業共、平民同様たるべき事」と告示された。(しかし関西では、近年でも特殊部落出身者を差別すると聞いた。一部の人々がまだ古い意識を引きずっていることに驚く。)

 「おわりに」で著者は、髪結い達の役負担(年2回の囚人の月代剃り)と特権(営業独占)を例にとり、長年続いた人々の意識はそう簡単に変らないと説く。最後に22ページに渡る詳細な「文献解題」があり、著者が読み込んだ文献の量に圧倒された。

(狸吉 2018年12月17日)

 エッセイ 
 股旅演歌

 小学生の頃からなぜか「股旅演歌」が大好きだった。同じ時期からクラシック音楽にも親しんだが、どちらが先だったか思い出せないくらいよく聴いていた。戦後生まれだが、おそらく当時はラジオからしょっちゅう股旅演歌が流れていたのかもしれない。

 20代のときテニスクラブのロッカールームで口ずさんでいたら、年配の人に「若いのによくそんな歌知ってるね」と感心されたことがあったが、もうその人の年齢をはるかに越えた今でも相変わらずよく聴き、よく歌う。自慢にもならないが歌詞はだいたい空んじていて、そのほとんどはカラオケのレパートリーになっている。

 「股旅」という言葉自体、時代小説か大衆演劇の世界でしか登場しないのでまず馴染みはないが、舞台は江戸時代、主人公は人生の裏街道を控えめに生きる渡世人で、女性は苦手だが腕は立ち、義に及べば弱きを助けて強きを挫く。股旅演歌には、そんな一味違ったヒーローによく似合う「渡り鳥」、「義理と人情」、「三度笠」、「旅烏」といったキーワードが散りばめられている。

 股旅演歌もモーツァルトもどちらかといえば明るい感じの長調が多く、曲調もだいたい決まっていて、初めて聴く曲でも何となく次の音を想像できる。メロディは「四七(ヨナ)抜き」、つまり、「ド」から数えて4つ目の「ファ」、7つ目の「シ」を使わない5音階が多く、これは日本民謡、イギリス民謡にも共通していて、音を取るのが簡単で歌いやすいといわれている。

 演歌は何といっても?こぶし(小節)を回す”歌いかたが特徴だが、ロッシーニやモーツァルトのオペラにも似た唱法がある。それが歌詞1文字に2つ以上の音階を使って歌う「メリスマ」で、楽理的には演歌の「こぶし」と同じテクニックだそうだ。

 股旅演歌は、とにかく歌詞がいい。文法のことはよく知らないが、基本的に「都都逸」と同じ「七七七五音」、実際には三四、四三、三四…と刻む言葉にリズムがあり、日本語として実に良く構成されていて、ある意味では短歌や俳句以上に高い完成度を持っているのではないかと思っている。
 
 夜が冷たい 心が寒い 渡り鳥かよ 俺らの旅は
 惚れていながら 惚れない素振り それがやくざの 恋とやら
 男命を 三筋の糸に 賭けて三七 二十一(さいのめ)くずれ
 好いた女房に 三下り半を 投げて長脇差(どす) 永の旅
 
 いずれも股旅演歌の名曲だが、とくに4番目の歌詞の後半は、「な」の頭韻を踏んだ言葉の調子が絶妙で何とも堪らない。
 
 股旅演歌では珍しいデュエット曲「鴛鴦(おしどり)道中」の女声パートに、こんな一節がある。
 
 染まぬ縁談(はなし)に 故郷を飛んで 娘ざかりを 茶屋暮らし
 
 作詞は藤田まさと、作曲は阿部武雄。気の進まない結婚話を嫌って故郷を飛び出し、女の青春時代を苦界に身を沈めながらも逞しく生きていく…。このたった28文字のなかに、1人の女性の数奇な半生が描かれているといったら大袈裟だろうか。
 歌詞はこの後、「茶碗酒なら 負けないけれど 人情からめば もろくなる」と続くが、辛い浮世を健気に生きる人生模様が正調股旅演歌の軽快なメロディとリズムに込められていて、いつ聴いても名調子で心底泣ける。

 泣くも笑うも懐(ふところ)次第 資金(もとで)なくしたそのときは 遠慮要らずの女房じゃないか 丁(ちょう)と張りゃんせ 私(わし)が身を
 
 とりわけこの4番の歌詞は、妻が夫に尽くす究極の夫婦愛を謳い上げていて、初めて聴いたときから大変感銘を受け、自分もぜひこのような女性を理想の妻にできたらと願って、結婚当初から何度となく聴かせたが、すこぶる評判が悪い。

(本屋学問 2018年12月10日)

危険な賭け 水道事業の民営化

 水道法改正案の成立で水道事業の民営化がスタートする。「水と安全はタダ」という日本の“神話”は過去のものだ。今ではだれでも水と安全の確保は高くつくことを知っている。その事業を利潤追求の民間企業に任せるという。

 世界には、安全な飲み水を得られない国が増えている。水資源の汚染や不衛生な生活用水も問題だが、それさえも飲めない国が増えている。近い将来、安全な飲み水を得られない人々は世界人口の2/3になるともいわれる。

 そうした国や都市に、その災厄をもたらしている悪徳水道ビジネス事業者がいる。行政の側は、民営化で、下水処理施設の設備コスト、施設の維持・運営コスト、人的・経済的コストから免れると考えるが、地域独占の営利企業による民営化はたちまち水道料金の値上げにつながり、市民生活を襲う。

 いま読まれている本に「日本が売られる」(堤未果著 幻冬舎刊)がある。本書では、日本が売られる多くの品目?の、いのⅠ番に「水が売られる」という。本書によると、「日本の水道バーゲンセール」の口火を切ったのは、当時の麻生太郎副総理が、米国ワシントンのシンクタンクで、日本の水道はすべて「国営もしくは市営、町営でできていて、こういったものをすべて??民営化します」と発言したのが始まりだという。

 同書や新聞等によると、英国調査機関調べでは、2000年から2015年の間に、世界37カ国235都市が、民営化の結果、水道料金の高騰や水質悪化などでうまくいかず、再び公営に戻している。しかも莫大な請求書が突きつけられる。

 同書から、信じがたい悲喜劇をひとつ紹介する。民営化して米資本のべクテル社に運営を委託したボリビアの例である。貧困地区の水道管工事は一切やってくれない。水道料金は月収の1/3。払えない住民が井戸を掘ると、「水源が同じだ」として料金を請求してくる。住民が公園の水飲み場を頼りにすると蛇口に「使用禁止」。バケツに雨水を溜めると、1杯につき数セント(数円)徴収するという。

 さて、わが国の水道事業民営化はどうなる? 厚生労働省は、海外での民営化失敗例について、5年前に3件しか調査していないというからおそろしい。もちろん3件以外の実体は知らないというわけではなかろうが、真剣さや危機感の不足は否めない。

 わが国が採ろうとしている民営化手法は「コンセッション方式」と呼ばれ、民営化を決めた自治体が設備や所有権を持ったまま「運営権」を民間に売却する制度だ。その制度を採用して失敗したベルリンの場合は、運営権を買い戻すために12・5億ユーロ(約1600億円)かかったという。日本も水道民営化で失敗すれば、これを地方自治体が負担することになる。さて、日本の水道は、飲み水は、これからどうなる?

(山勘 2018年12月14日)

 漂流するアベノミクス

 企業業績が伸びているにもかかわらず、アベノミクスが期待する賃金の上昇も、企業の設備投資も伸びず、最終目的であるデフレ脱却のための物価上昇も見えてこない。その上、今回の入管法改正による安い労働力導入で、ますます日本の低賃金化が進む懸念もある。

 ハイパーインフレが起きて日本の経済は崩壊するという説がある。ハイパーインフレは困るが、インフレが起きればアベノミクスのデフレ脱却は達成され、財政赤字も改善される。しかし今のところインフレどころか、アベノミクスの期待するささやかな物価上昇さえ起きる気配がない。

 物価上昇はすなわち景気の回復だ。景気の回復とは、モノやサービスの売り上げが伸びることだが、そもそもモノやサービスの売り上げが伸びるのは買いたいという需要があるからだ。需要がないのにモノやサービスの価格だけが上昇するのがインフレだが、それは市場に通貨が過剰に供給されることによって起きる。

 しかしいたずらに通貨供給量を増やしてインフレにすることは、逆に通貨の実質的な価値を下落させることだ。貨幣価値の下落はすなわち円安になる。対ドル相場では円安ドル高になる。円安とインフレは、モノやサービスの買い手である消費者の負担となる。

 消費者の購買意欲をそぐことになるとは考えずに、インフレ志向でやっているのがアベノミクスの金融政策だ。すなわち安倍政権が(日銀の独立性を無視して)やらせている金融の異次元的緩和政策が問題だ。意図的ではないにしても、アベノミクスは国民にインフレ物価を負担させて景気回復を図り赤字財政を減らそうとしていることになる。

 さらに、アベノミクスの機能しない原因は、目先の問題としては、賃金が上がらない、可処分所得が伸びないためだが、根本的な問題として考えれば、少子高齢化社会にある。急激な人口減少と高齢化の進行するわが国の現状と将来に原因があるだろう。

 とりわけ大きな問題は労働生産人口の急激な減少だ。「日本の将来推計人口」によるとその労働生産人口は現在の8,000万人弱から2060年には4,000万人を少し上回る程度まで減少するという。その間、高齢者人口のほうはさほど増えるわけではない。むしろ4,000万人弱の横ばいで進み、2040年をピークに微減で推移する。しかし人口構成比では高齢者の比重が重くなる。

 かくして、減少する労働者と比重を増す高齢者でかたちづくる日本社会においては、モノやサービスの総量が伸びるわけがない。すなわち需要も購買意欲も総量としては減少に向かわざるを得ない。これでは、多民族国家でも目指さない限り、景気の過熱やインフレは起こらない。少なくともわが国自体にインフレを起こす力?はない。縮小する未来の社会に向かう時代の曲がり角で、アベノミクスはもがいているのではないか。

(山勘 2018年12月14日)

アンネ・フランクのバラ

三鷹市にある仙川公園には平和のモニュメントがたくさんある。
そんなことは全く知らなかったが、通りかかって偶然にも北村西望の「平和の像」(長崎の「平和祈念像」と同じ)が目に留まったので、それをFBにUPしたところ、市幹部のU氏から「ここには平和に思いをはせるものが他にもありますよ」とのコメントを頂いたので調べてみたら、ここは「平和祈念公園」のようにたくさんあることが分かった。
       ( 以下 写真も含め三鷹市のHPより省略して転載)
1. 平和の像    
みたか百周年記念事業の一環として、平成元年11月、故北村西望氏の代表作
「平和祈念像」を、三鷹の平和のシンボル「平和の像」として、建立したものです。
 この像の原型は、長崎市に建立された像をもとに作成されました。
北村西望氏は、三鷹市に隣接する井の頭公園内にあったアトリエで、長年、創作活動を続け
られ 、その間、市内の小学校と交流を深めるなど、三鷹市と深く関わりをお持ちでした。

2. ヨハン・ガルトゥング記念樹(桜)
みたか百周年記念事業「ヨハン・ガルトゥング平和フォーラム」の開催を記念して、ノルウエー
の平和学者ヨハン・ ガルトゥング博士が世界の平和を願い、植樹したものです。

3.プラタナスの木
  二本のプラタナスの木は、昭和20年5月25日の新川の空襲(54戸全焼・数百人被災)で被災しました。
これらは、木の内側が焼けてしまいましたが、外側だけで生きつづけ、春には多くの葉をつけます。新川交差点近くの、富沢美孝氏宅から、平成3年11月に移植されたものです。

4.アンネ・フランクのバラ
第二次世界大戦中、アンネ・フランク一家がオランダ・アムステルダムに逃れ、隠れ住んでいた時に、隠れ家の裏庭に咲いていた野バラで、アンネの心を慰めたといわれています。ひとり生き残った父親のオットー氏は、娘の平和を願う心をバラに託して、世界の人々にバラを広めました。
 「アンネの形見のバラ」と名付けられたこのバラは、アンネの日記の読書指導をしていた高山小学校に伝わり、平成5年2月に同小から枝分けしてもらったバラを仙川公園に移植しました。
 このバラは、つぼみは濃い紅色ですが、花が咲き始めるとオレンジ色からクリーム色がかった明るい色に、そして薄いピンク色へと変化していきます。

5.アオギリ(広島被爆樹木2世)
昭和20年8月6日に広島で被爆の惨禍に遭いながらも、焼け焦げた幹から再び芽吹き、広島の平和記念公園内に移植された後も、今日まで成長しているアオギリの親木(おやき)の種から発芽したものです。三鷹市も加盟している「平和首長会議」(事務局:広島市)より寄贈されました。
 平成28年1月に戦後70年三鷹市平和事業の一環として、同公園に広島市長を招いて植樹式を行い、三鷹の新たな平和のシンボルとして大切に育てられています。

アンネの言葉「もし、神さまが私を長生きさせてくださるのなら、私は
社会に出て、人類のために働きたいのです」を思い出すたびに涙が
出ます。なので、足を運びました。

今は季節外れですが、1輪だけは元気に咲いていて
私を迎えてくれました(2018.12.19.)→。
右側にあるのは市のHPに掲載されている写真です。


世界平和を願う気持ちを思い起こしてくれた師走の一日
でした。


(恵比寿っさん 2018年12月20日)