第4回「ノホホンの会」報告

2011年9月15日(木)午後3時〜午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:鈴木さん、山崎さん、沢田さん、藤田さん、辻)

今回は、杉山さん、佐鳥さんがどうしても外せない用事で欠席となり、ややさびしい会でしたが、議論はいつもながら盛り上がりました。とくに最近の中国事情について、最近、10年ぶりに中国を訪れた鈴木さんと、毎月中国に技術指導に行かれる沢田さんの中国感は面白いものでした。共産党独裁のなかでどこまで経済発展できるか、旧ソ連のように分裂するのか、各地で頻発するデモがほとんど報道されない現実、広い道路に溢れる自転車で車は交通渋滞、相変わらず割り込むマナーの悪い一般市民…、どれが中国の現実なのか、実際に行って見てみたいものです。

 (今月の書感とネットエッセイ)

 今回の書感は、「地図から消えた島々」(六甲颪)、「断捨離」「明治電信物語」(いずれも狸吉)、人の記憶力や知識の危うさを取り上げた「錯覚の科学」(恵比寿っさん)、日本経済の今後とそれへの対応を大胆に予測した「マネー避難」(致智望)、日本人留学生の目から中国の現状を見た「われ日本海の橋とならん―内から見た日本―そして世界」(ジョンレノ・ホツマ)、旧ソ連の深刻な核汚染事故を検証した「核に汚染された国―隠されたソ連核事故の実態」(本屋学問)でした。

とくに「錯覚の科学」で、鈴木さん、沢田さんによれば、ゴルフなどスポーツでも「誤概念」(ミスコンセプション)という、自分のフォーム感覚と理想的な体の動きが異なる現象があるそうで、一般プレイヤーはどうしてもその錯覚に陥り、それを脱却して自然な動きに到達できたのが達人ということのようです。

ネットエッセイは「テレビと料理のはなし」「大震災と政治家の志」(いずれも山勘)でした。

「地図から消えた島々」(六甲颪)、「断捨離」「明治電信物語」(いずれも狸吉)は、ご本人からの紹介ができず残念でしたが、次回にお願いします。


(事務局)

書感 2011年9月分

地図から消えた島々/長谷川亮一(吉川弘文館)

 最近の国際紛争の種といえば小さな島々の所属問題で、しかも問題が中々解決しないままの状態が続いているが、本著はこれら島々の発見から今日までの変化を多くの実例をあげて解説している。その主な事件の要点を記してみたい。

 島々の領有権を各国が主張するようになったのは、ごく最近の100年位前であって、それまでは自国の領海とは陸地から十数キロまでで、その外側は公海とし誰もが自由に利用することが出来た。しかし、新しい島々が発見される中に貴重な鉱物、生物が発見され出すと、各国の帝国主義者や冒険商人によって領有の主張が起き、新たに国際条約を作らざるを得なくなった。同時に領有を主張するあまり、島の存在が怪しい事例が出てきた。

 

1 疑存と疑位

 1492年、コロンブスのアメリカ大陸発見以降、スペイン、ポルトガルをはじめ諸国の探検家が新島発見に乗り出したが、新島発見が偽りであったり、位置の測量に誤りがあって再発見できない島が明らかにされてきた。図1は主な5つの疑存島(太字記入)と図2は現在、北太平洋にある主な実存の島々である。

@ロスジャルデイン島 1592年発見1972年削除

Aアプレオジョス島 1543年スペイン人発見、1904年再発見、1924年削除

Bイキマ島 1897年登録、1906年削除 水没?

Cグランパス島 1788年イギリス人発見 1885年登録 1900年削除

D中の鳥島 1907年日本人(山田禎三郎)発見 1943年削除

等が、代表的な地図から消えた島々である。

2 小笠原島名の由来と日本への帰属

 江戸時代の享保121727)年に、小笠原貞任という浪人が無人島探検を申し入れた。この島は曾祖父の貞頼が1593年に発見し、「小笠原島と名付けて開拓をした」となっていたが、不審なところが多かったので奉行所は貞任の申し入れを受け付けず、逆に追放した。それから200年あまり経過した後、小笠原島の開拓を開始した。同時に島名も「小笠原島」と正式決定した。これは欧米からの島々に対する侵入が増え、その防止策でもあった。その後、この島への入植者も増え1875(明治8)年、日本の領土と認知された。

 3 中の鳥島の発見と消滅

1908年、東京在住の山田禎三郎という人物から「小笠原諸島に属する島を新たに発見した」という届出があった。同時に地図や動植物の調査資料も付けられていた。しかし、この山田という人物は周囲の評価が悪く、他人の見つけた権益を横領しようとした。しかし、1911年にアメリカ軍艦がこの島付近を捜索したが、島らしいものは見つからなかった。

このように多くの島が地図から消えたが、これは島自身が噴火の後水没したのか、あるいは経度測量の誤りであったのか、疑問点が残されている。


1 北太平洋の島々



2 五つの疑存島



(六甲颪 2011712日)

 明治電信電話ものがたり―情報通信社会の≪原風景≫(松田裕之/日本経済評論社 本体3,000円)

 6月に「モールス電信士のアメリカ史―IT時代を拓いた技術者たち」の書感を投稿したが、本書は同じ著者による日本の電信電話発達史である。これは単なる通信技術史ではなく、通信技術の発達が社会を変えていく様子を述べている。「明治…」と銘打っているが、論じる時代は大正から昭和、さらに現代にも及ぶ。

 列強が幕府に説いた電信と鉄道の効用が、第一に軍事機能であったとは本書から得た新知識であった。たしかに鉄道が国の筋肉なら、電信は神経。両者相俟って警察・軍隊の機能を十分に発揮できる。西南の役では電信網を活用した政府軍に対し、馬や徒歩による伝令に頼った西郷軍はとても勝ち目がなかった。「ソククンハイソウシサツマタハコヲフク」という戦況報告を、受信側は「賊軍敗走し、薩摩煙草を吹く」と訳したが、後に「賊軍敗走。自殺または降伏」と分かったという珍談も紹介されている。

 

 わが国の通信・鉄道網の整備は急速に進んだが、これは軍事力増強の一環であると見れば理解しやすい。今日の中国における新幹線の急拡大も同様であろうか?

宮澤賢治の短編童話「月夜のでんしんばしら」は、「電信が秘めた不気味で絶大な軍事・警察能力を、それによって監視・管理される人民の視点から描いたもの」という著者の指摘は鋭い。

 電話の架設待ちが解消したのは、都市部では昭和40年代後半。全国的には昭和56年だそうだ。そういえば子供の頃、電話を引くのは長い順番待ちで、当時珍しく電話のあった我が家には、近所の人たちがよく電話を借りに来たことを思い出した。携帯電話が普及し、固定電話を止めにする時代がこようとは想像もできなかった。

 大学でIT技術を教える著者は、高度情報通信社会に生きる我々に「情報の洪水の中で自己を見失うな。知の復権が大事」と警告する。この本の著者は、芯の通った思想家であろう。

(狸吉 2011年8月24日

断捨離―新片づけ術/やました・ひでこ(マガジンハウス 2009年 本体1,200円)
  「断捨離」とは当初聞き慣れない言葉だったが、最近は世間に広まったようだ。一言で言えばこれは「家に溢れるガラクタを捨て人生を快適にする術」である。「断」で要らないモノの入るを断ち、「捨」で家中のガラクタを捨て、「離」でモノへの執着から離れ、自在の空間に我が身を置くとのこと。一つの新しい思想と言ってよい。

 

本書の著者はこの思想の提唱者で、その後これに共鳴する人たちが断捨離に関するいろいろな本を書いている。

一頃「整理整頓術」や「片付け術」が流行したが、「断捨離」を行えばモノ自体が少ないのだから、整理整頓も極めて楽になる。片付けるための収納グッズも不要になる。

 

 本書は断捨離の思想と具体的な実践方法について分かりやすく解説している。これを実践するには、まず著者の物の見方、考え方を理解し受け入れる必要がある。実は本書を読んだ時期がたまたま引越し直後と重なった。新居は収納スペースが少ないので、荷物を減らさざるを得ず、いわば強制的に断捨離させられた。実行してみると著者の説くとおり、モノへの執着が減って気持ちが楽になる。今は断捨離万歳という気分だが、新築祝いをお断りし、知人の感情を害するという副作用があった。しかし、周りに気遣っていては断捨離はできない。まさに「智に働けば角が立つ、情に棹せば流される」か!

(狸吉 2011年8月24日)
 錯覚の科学/C.チャブリス・D.シモンズ/木村博江・訳(文芸春秋 本体1,571円)

著者のC.チャブリスはハーバード大学でコンピュータ・サイエンスを専攻。心理学博士。D.シモンズは認知科学を専攻後、コーネル大で心理学博士。二人は「見えないゴリラ」の実験で、人間の認知メカニズムの陥穽をえぐり、イグ・ノーベル賞を受賞(2004年)した心理学者。

 

はじめに(思い込みと錯覚の世界へようこそ)

人は誰も自分が目の前にあるものを見落としたりせず、大事な事を正しく記憶し、自分の知識の範囲を理解し、物事の因果関係を正しく把握していると思うが、それは誤りであることが多い。自分の心の動きや行動をよく理解していると考えるが、実際には驚くほどわかっていない。本書は日常の6つの錯覚(注意力、記憶力、自信、知識、原因、可能性)を取り扱っている。思い込みは間違いの元であると同時に危険でもある。

実験1 えひめ丸はなぜ沈没したのか? 注意の錯覚

ワドル艦長は「見ていた」のに「見落とした」。これは不思議なことではない。人間はバスケの試合に乱入したゴリラにさえ気づくことが出来ない。バスケの試合(ビデオ)を被験者に見せ、パスの数を数えるようにしたときの実験で、≒半数がゴリラを見落とした。

人は、自分が思っているほど周りの世界を見きれていない。注意を集中させていることは鮮明なので、あらゆる情報について細部まで見逃さないと言う錯覚に陥る。(この認識がないので)自信過剰の軽率な判断を生む。運転中の携帯電話が危険なのは、操作能力への影響ではなく、注意力や意識に対する影響である。たいていの人が自分の注意力の限界に気づいていない。人間は想定外に弱く、それに気づく能力は注意力(集中力)とは無関係。1つに注意を向ければ、必然的に他への注意は疎かになる。これは、人間の五感すべてについてである。

実験2 捏造された「ヒラリーの戦場体験」 記憶の錯覚

人は脳に記憶を定着させるとき「本当にあったこと」だけでなく、「あるべきこと」を混同する。H.クリントンが大統領選で語った戦場(ボスニア)体験の嘘も、このメカニズムで作られた。記憶には両者が混ざる。人間の脳は日常のすべての記憶を蓄えてはいない。彼女の記憶は、自分の物語に当てはまるように形を変えた。

実験3 冤罪証言はこうして作られた 自信の錯角

自信たっぷりにレイプ犯の顔貌を説明した被害者女子大生は犯人の顔写真を選んだが、真犯人は別人だった。人の自信は患者を診断する場合も、外交政策で決断を下す場合も、法定証言でも錯覚が多い。「知恵者よりも愚者のほうが自信が強い」(C.ダーウィン)。最も危険なのは、未だ未熟なときである。自信ある態度にはだまされやすい。だから、優秀な人がリーダーになるとは限らない。自信とは性格の一種で、そのレベルは人によって異なる。これが問題である。この冤罪は、真犯人が名乗り出て10年後に晴れた。

実験4 リーマンショックを招いた投資家の誤算 知識の錯覚

専門用語を駆使する専門家でさえ、肝心なことがわかっていないことがしばしばある。おかしいと感じたら「何故?」を連発すると、偽者は直ぐにばれる。人間の遺伝子を予測させたら、学者も大きく間違った。これは知識の錯覚にとらわれているからだ。実際は表面的なものだ。己の無知ほど自覚できないものはない。これがしつこいのは、自分は知識があると思いこんでいる専門家のほうがもてはやされるから。知識の限界を知る人は「降水確率75%」と言うような言い方をするが、限界を知らない人は「確信」を前面に出す。

実験5 俗説、デマゴーグ、そして陰謀論 原因の錯覚

人の脳は物事をパターンで捉え偶然の出来事に因果関係を読み、話の流れの前後に原因と結果を見ようとする。相関関係は因果関係と違う。しかし、人はそう思い込んでしまう。ビジネス書の著者は自説により失敗した会社がどれくらいあるか、或いは自説以外の説で成功した会社のことは考えない。偶然のものにパターンを見出し、そのパターンで将来を予測したりする。相互関係を因果関係と思い込む。

実験6 自己啓発、サブリミナル効果の嘘 可能性の錯覚

「モーツァルトを聞くと頭が良くなる」など、科学実験ではことごとく否定されているこれらの説は何故広く信じられているか?脳トレをしてもボケは防げない、任天堂を信じるな。

終わりに 直感は信じられるか

錯覚の共通点は、どれも自分の能力や可能性を過大評価させること。また、簡単に出来ることを上手く出来ることと混同しやすい。無くすのは難しいが、影響を減らしてくれる方法が3つある。@錯覚の働きについて知る。A認知能力をトレーニングで鍛える(錯覚を追い払える程度ではない)Bテクノロジーを使う。いずれも完全に解決できるものではない。

 

私見:人間は、環境の変化に対して、生き残れるように進化してきたはずである。なのに、このような錯覚が日常的に起こるのは、錯覚することが生き残りの条件のように思えるもするのだが、いかがであろうか。
 私は、ゴルフのパット練習機を開発するに当たり、「人間は何故自分の頭の動きを自覚できない(*1)のであろうか」といろいろと調べた経緯があります。正しいかどうか、未だ確信は無いですが、もし頭の動きをいちいち自覚するとしたら動揺病になってしまうのではないか、と言うところに今は落ち着いています。

*1:自分の頭にビデオカメラを乗せて歩くと、ビデオの映像はゆれているが、人間の脳は映像が安定している。

(恵比寿っさん 2011年7月24日
 マネー避難/藤巻健史(幻冬舎 本体952円)

 「危険な銀行預金から撤退せよ」と言う過激な副題と書店の平積を見て触手が動いた。このところ、日本国債の暴落や円為替の暴落などがあちこちで囁かれている、本書で述べられている事も別段新しい材料では無いが、外銀経験や大学講師などを務める著者の知名度から、本書もベストセラーになっていると思いつつ、私も何か安直的な解答を期待して購入した節は否定出来ない。

しかし、本書から読み取れるものは、報道や公式データーから読み取る以上の情報が得られるものではなかったが、改めて日本の情況を振り返り、今、処すべき方向を改めて考え行動するトリガーになった事は事実であり、背中を押される思いに至ったものである。そして、本書ではその過程である為替変動の仕組みなどについて素人にわかり易く説明し、円が暴落すると我々の生活がどうなるかに付いても理論的に論じられていて、狼少年的な表現で無いところに本書の価値を見た。

円預金を避けて何処に避難するのか。著者は、米国ドルに避難せよと具体的に指摘している。私は、今更米国ドルと言うのも疑問を感じるのだが、それが何故かに付いて著者は自論を展開しており、それを理解するかしないかは読者しだいと言うところだろう。

既に、財政破綻しかけていた日本国財政、そこに、拍車をかけた大震災であったわけで、復興予算の捻出をどうするか、日銀が国債を買うような行動に出たときこそ日本経済がハイパーインフレになる時と著者は云っている。確かに、増税が駄目と言われれば「打ち出の小づち」しか有りませんね。これが、ハイパーインフレへのトリガーだとすれば、今、増税問題を先送りすることは出来ない筈、もろもろ、考えるとやはり、日本はハイパーインフレへの道をひた走っているのかも知れない。

自分は、守るべき財産など無いと云ってはばからない人でも、不時の出費に備えて200万や300万の預金はあるでしょう、ハイパーインフレになると100万円のタクシー代と言うのも当たり前の世界になると言うことだそうです。

日本人は、安い消費税で分不相応な贅沢生活に浸りすぎたと言う著者の言い分も判る気がする。確かに私なども、外国に行くと消費税は20%近く掛かるのを経験しており、現地の若者は日本では見かけなくなった古いIT機器を大事に使っている姿を見ると、尤もな話しと思うのである。だから、日本人は落ちるところまで落ちないと危機を理解出来ない。

これこそ、茹で蛙現象と言うものだ。そして、落ちる所まで落ちたとき、その時日本人は基本的な能力の持ち主であるから、必ず復興するとの著者の弁、それなりに納得のゆく内容であった。

(致智望 2011年7月25日)
 われ日本海の橋とならん―内から見た中国、外から見た日本―そして世界/加藤嘉一(ダイヤモンド社 2011年7月 本体1,500円)
  著者は1984年生まれで、18歳の時に中国へ渡り、中国政府の国費留学で北京大学に入学された若干27歳の若者です。今や、中国語に関してはネイティブ並みの語学力で、中国メディアからのインタビューが殺到しているそうです。

日本人と中国人の本音とたてまえを知り尽くして、深層心理まで突っ込んでおり、それぞれ両方の立場からの眼で、歯切れよく書かれており、まさに目からウロコです。

私にはこの著者が平成のジョン万次郎の再来のような気がしました。

中国で有名になった発端は、反日デモを見に行った時、生中継のデモ現場に居合わせた留学生として、「デモを招いた原因は中国と日本のどちらにあると思いますか」とマイクを突き付けられて、「デモが起きるにあたって、日本の国連の常任理事国入りの議論、総理大臣の靖国神社参拝、日米同盟の台湾への影響力強化など複雑な要因が存在しました。それに対し、愛国主義教育の強化によって高揚する中国人民のナショナリズムが呼応し、爆発したかたちです。

おそらく、中国人も日本人も今回のデモが外交的な案件であることを理解しているでしょう。そして、外交的な案件である限り、どちらか一方に非があるものではありません。双方の国にはそれぞれの考えがあり、歴史的バックグラウンドがあり、国内に特殊な問題を抱えています。ですから、問題を解決するには日中双方が抱える原因を慎重に探りつつ、互いが建設的な議論をしていかなければなりません。

ただし、もしも日本の政治家の中に中国を頭ごなしに見下したり、侮辱するような発言をする人間がいるとすれば、それは同じ日本人として恥ずかしいことだと思います。」と一気に言ったとあります。

 このインタビューを受けた翌日から、中国メディアからの取材が殺到するようになったという書き出しに始まっています。

以下、目次内容と気になる項目を列記してみます。

1章 中国をめぐる7つの疑問

反日感情はどの程度なのか

3章 日中関係をよくするために知ってほしいこと

 日本だけが抱えるチャイナリスク

 反日デモとは「反・自分デモ」である

 チャイナリスクとジャパンリスクの関係

4章 中国の民意はクラウドと公園にある

 インターネット人口5億人の衝撃

 お金より大切な「面子」とは

5章 ポスト「2011」時代の日本人へ

 四川大地震をチャンスに変えた中国

 復興には競争原理を持ち込め

 本書には、列車事故のことは発行後の事故ですから触れていませんが、東北地震の件については中国人の眼から見た分析は、なるほどと納得できます。

(ジョンレノ・ホツマ 2011830日)

核に汚染された国―隠されたソ連核事故の実態/アンドレイ・イーレシュ/ユーリー・マカーロフ著・瀧澤一郎訳(文芸春秋 1992年 定価1,700円) 

 ソ連崩壊後の1992年、言論統制や情報開示制限が緩んだとはいえ、旧体制時代の最高機密だった核事故をこれだけ調べ上げ、出版した「イズベスチヤ」の二人の記者の情報収集努力を思うと自然に頭が垂れてくる…。訳者はあとがきでこのように書いている。本書は、旧ソ連が初めて核実験をした1949年以降、国内で起こった数多くの深刻な核汚染事故について、でき得る限りの関係者に直接取材して白日の下に晒した、文字通り調査報道の原点を見る労作である。

1957年9月、ウラル山脈東麓のチェリャビンスクにある「マヤーク」核兵器工場で、軍事用プトニウムの製造工程で出る放射性廃棄物を蓄積していた容器が爆発、大量の放射性物質が上空1000mにまで舞い上がり、幅10km、長さ100km以上の雲となって周囲1000平方kmを汚染した。十分な再処理をせずに廃棄したプルトニウムが、蓄積される間に再臨界に達したためといわれている。

当時、この事故は西側に亡命した科学者が公開したが、ソ連はもちろん、イギリスのマスコミやマンハッタン計画で有名なテラー博士らも、蓄積した核廃棄物の爆発はあり得ないと断言したことから、その科学者は嘘つき呼ばわりされ、世界はこの大ニュースを無視した。しかし、ウラルのスイスと呼ばれた美しい森と湖の地帯は核汚染にまみれ、健康被害者が増えた。32年後の1989年、ソ連科学アカデミーはようやくその事実を認めた。

中央アジア、カザフスタンの草原で、ソ連は467回の核実験を行なった。そのうち124回は大気圏、343回は地下核実験だった。しかもソ連は、部分的核実験停止条約締結後の1964年に、国際協定を無視して地上実験をしたと本書はいっている。セミパラチンスク実験場は42年にわたって周辺住民に放射性物質を撒き散らした結果、「セミパラチンスク型エイズ」と呼ぶ免疫不全症候群と、広島や長崎のデータと一致する腫瘍症例が増え、同州の平均寿命は3年縮まったという。

1981年10月、スウェーデン南部の海軍基地の入口でソ連の潜水艦が座礁し、スウェーデン海軍に取り囲まれながら10日後にようやく離礁できた。10年後、潜水艦の副艦長がインタビューで、もしスウェーデンが潜水艦の奪取を試みていたら、搭載していた10発の核魚雷を爆発させていたと語った。もしそれが現実になったら、ヨーロッパは地獄絵を見せていたかもしれない。

本書によれば、ソ連の原子力潜水艦事故は1961年から1989年の間だけでも原子炉火災から沈没まで数多く発生している。とくにチェルノブイリの大事故からわずか5か月後に起こった1986年10月のバミューダ海域での船内火災では、ほとんどの乗組員は救助されたものの、潜水艦は原子炉ごとこのミステリアスな海底に沈んだ。

1989年の「コムソモーレツ号」沈没事故の場合は、乗組員の英雄的な行動を称えることで事件を公表した。しかしその実態は、原潜の性能的欠陥を隠して背後にある責任を逃れるためだったという。つまり、軍産複合体内の各企業間の受注競争が安全性を無視した20種類もの船型を生み出し、故障発生率をきわめて高いものにしているというのである。このチタン製スーパー原潜は、原子炉と核兵器を抱いたままノルウェー海の深さ1700mの海底の泥に埋まっている。

1985年8月、ウラジオストクに近い沿海州チャジマ艦船修理工場で、5、6年に1回行なう原潜の核燃料を交換する作業中に操作を誤り、核反応が起こった。キノコ雲が空高く上がり、即死者10名、重度被曝者300名、周囲への影響は甚大だった。処理作業をする作業員の間で、アルコールが放射能に効くという信仰が定着した。事実、彼らはウォッカや生のアルコールを飲んで眠り、元気を回復して事故処理に当たったそうだ。

ソ連は1964年から1986年にかけて、かつて核実験場だったノバヤゼムリャ島周辺の海中に放射性廃棄物の容器を2000個以上投棄したという。これは明らかな国際条約違反である。また、カラフトの沿岸港湾都市では増え続ける退役原潜の解体場計画が進んでいるが、技術的にもコスト的にも難題が多く、日本海の海水汚染も懸念されている。

この種の大規模事故は、一般的に国家体制にかかわらず隠蔽されがちである。アメリカはもちろん、中国、イギリス、フランスなどの核保有国でも状況は似ていると思われ、現在のロシアも相変わらずだろう。今回の東日本大震災は、はからずも日本の原子力行政と電力産業の脆弱さを露呈させたが、たとえ備えがあっても自然の力は人間の営みなど微塵に打ち砕いてしまうこと、油断と慢心があればなおさらであることを心底知らしめた。

世界はすでに、500基近い原子力発電所と430隻以上の原子力潜水艦をつくってきた。核兵器は数万ともいわれる。それらを維持するにせよ廃棄するにせよ、核物質の取扱いと処理は最大の課題である。その意味で本書にある核事故の調査報告が残っているとすれば、まさに生命を賭して得られた貴重なデータである。原子力の安全に関する情報公開は国家の責任であり、国家の隠蔽を暴くことはマスコミとジャーナリストの責務である。

最後に、翻訳者の力量溢れる文章表現が、原書の内容をさらに高めていることを付記したい。

(本屋学問 2011年9月5日)

エッセイ 2011年9月分

テレビと料理のはなし 

ついに「地デジ」時代が到来した。しかし放送内容は少しも変わらない。タレントとかいう種族がバカ騒ぎするクイズ番組や食べ物べ物番組が全盛だ。それにしても「地デジ」は気色の悪い略語だ。だいたい略語は下品な代物だが、パソコン(も略語だが)で「地デジ」は出てこない。我が愛すべきパソコンにちょっと知恵を付けたら、「ちでじ」と入力するとたちまち「血で痔」とか「地出痔」と変換するようになった。悪いことを教えてごめんねとパソコンに誤っても後の祭りである。

地出痔からいきなり料理の話で恐縮だが、その家で、ゴミを出すのは亭主の仕事である。その亭主がぼやいた。「ゴミ捨て場に出すウチのゴミはいつもプラスチックトレイばかりで恥ずかしい」。これに応えて女房が言った。「馬鹿ネー。透明なゴミ袋を使うからよ。中の見えない不透明な袋を使えばいいじゃない」。実はこれは亭主がぼやいた話ではない。これを得々として、亭主の知らない酒の席で披露したのは当の女房である。

この話の可笑しさもひょっとして通じない時代になっているかも知れないので蛇足の説明をしておくが、女房の手料理にありつけず、いつもトレイ入りの弁当や料理ばかり食っている(食わされている)亭主がご近所の手前恥ずかしいと嘆いた訳だが、ひょっとしてこの嘆きがまるで女房には通じていなかったのかもしれない。ヤレヤレ。

30年ほども昔の話だが、当時の鳥羽水族館館長の佐々木さん(だったと思う)の著書に、近頃は包丁のない家庭が増えている。あるのはハサミ。これでビニール袋を切って出来合いの料理を皿に出す。これが本当のお袋さん、という話があった。そのあたりが手抜き奥様のはしりであり、単なる笑い話ではなかったようだ。

近頃のテレビ番組を見ていると、食べ物番組の多いことに驚く。それを食べるお客様タレントが、一様に口にするセリフが「ウーンうまい」である。「ウーン」も「うまい」も品のない表現だが、男も女も一様にこの言葉を吐く。味を表現する語彙を持たないのである。

 道元禅師による料理の教え「典座教訓」は、「辛、酸、甘、苦、塩」の五味があり、これに素材の持つ素朴な風味「淡」を加えて料理の味を「六味」と教える。「淡」はレベルが高いが後の「五味」はいちおう誰でも知っている。そのぐらいの感想も言えないタレントがテレビ画面で「ウーンうまい」と料理をパクつくのは見苦しい。それに、料理番組が増えているということは、見ている主婦も増えているということだろうが、おフクロさんやトレイ奥様がどんどん増えているというのも時代の流れか。

それにしても、大騒ぎで「地デジ」時代に移行しながら、放送内容の向上に取り組む気配はない。NHKも民放と変わるところがない。ヤレヤレ。

(山勘 2011年7月)