4〜20mA物語
4〜20mAの直流電流信号がなぜ世界標準になったのか?(1)

 

北辰電機OB 長谷川好伸氏

 私たち計装に携わる者は、4〜20mAの直流信号が計装用標準信号(統一信号)として、世界中で使われていることを皆よく知っています。そして、普段、私たちはそのことを特別に不思議に思うことはほとんどありません。しかし、DC4〜20mAが計装用伝送信号の世界標準として確定するまでには、計装技術の草分けの時代に様々ないきさつがあったようです。このたびは、その辺りの事情に詳しい長谷川様にお話を伺いました。
 <長谷川様は1956年に、当時工業計器業界の一方の雄であった北辰電機に入社され、爾来、当時の先端技術であった電子式計装機器の開発を一貫して手がけられました。1950年代の真空管の時代から、ゲルマニウムトランジスタ、シリコントランジスタへと移行する時代に、バリバリのエンジニアとして活躍されたわけです。>

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 [村上]それでは、まずお伺いしますが、計装の統一信号とはどんな概念なのでしょうか?
 [長谷川]センサで測られた信号は、指示、記録、調節や各種の演算を行うために伝送されます。
 同様に、演算器間、演算器と記憶装置の間でも信号授受のための伝送が行われます。また、演算された信号は制御のための信号として操作部に伝送されます。そして、これらの伝送信号が、決められた約束に従って統一された信号であることによって、システムの構成が容易になるわけです。
 自動制御がプロセスで実用に供せられ始めたときには、伝送される信号は機器メーカーによってまちまちであり、他社計器との間の信号の授受は面倒でした。各社毎に異なっていた伝送信号が、DC4〜20mA、DC1〜5Vの信号に統一されたことにより、システム構成が簡単になり、自動制御の発展に寄与したと思われます。
 [村上]当時、DC4〜20mA信号への統一/規格化作業はどこが行ったのですか?
 [長谷川]IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)のTC65/SC65A(工業プロセス計測制御専門委員会のシステムコンシダレーション分科会)で審議され、IEC381として制定(後にIEC60381-1と改称)されたわけですが、当時私は、IEC/TC65の国内対策委員会(事務局は社団法人日本電気計測器工業会)において、メーカー側代表委員の一人としてこの検討作業に関与しました。
 [村上]制定当時の技術的背景についてお伺いします。
 DC4〜20mAは、いうまでもなく直流信号ですが、交流ではなく直流であることの必然性はどんなところからきたのでしょうか?
 [長谷川]電気を信号として使う場合、信号の種類は直流と交流に大分されます。圧力、流量などは、機械的手法で変位に変え、さらに変位を電気信号に変換する方法が多く採られました。変位を電気信号に変換するのには、差動トランスが古くから使われていました(図3参照)。差動トランスからの信号は交流であり、交流をそのまま伝送信号に使うと変換器の構成を単純にできるというメリットがありました。
 一方、当時の直流増幅回路(図4参照)は、入力がゼロでも増幅器のゼロ点ドリフトによって出力が出るという問題があり、ドリフトの影響をなくすために、増幅器は複雑な回路になっていました。この点では、交流信号は増幅器のドリフトに関係なく、交流入力ゼロのとき出力はゼロであり、増幅器回路が簡単になります。
 以上のように、交流を伝送信号に使うメリットはあるのですが、一方で交流信号はノイズに弱いという大きな欠点をもっています。とくに、大電力の機械が設置されている現場での伝送信号としては問題があります。ノイズの大部分は交流であり、信号線に入った交流ノイズは、直流信号の場合にはフィルタによって除去できますが、交流信号の場合にはフィルタによってノイズと同時に信号も減衰してしまいます。
 このような事情から、当時、電気信号として、交流を採用したメーカーもありましたが、ノイズによりシステムが不安定になることが少なくなく、交流は信号としてはほとんど使われなくなりました。
 また、電気信号としては直流、交流のほかにデジタル信号があります。当時は、コンピュータの素子はトランジスタであり、現在のパソコンの能力にも達しないコンピュータが、部屋一杯になるような大きなラックに組み込まれていました。価格、信頼性にも問題があり、コンピュータのプロセス制御への応用は考えられず、デジタル信号については話題にも上りませんでした。
 なお、デジタル信号は直流でも交流でもないとの考えもありますが、直流、交流のいずれかに分けるとすれば、直流に属すると思います。ちなみにON−OFFの制御信号は直流とされています。